その後、色々な方が推測とか陰謀論じみたことを述べられており、真相がどうなのか今ひとつわかりません。
当時の福田時雄専務の話によると、彼女は2度自殺を試みており、1度目にガスとリストカットによる自殺に失敗し病院に運ばれています。
その後病院から帰りサンミュージックで福田専務と話をしていたわけですが、福田専務に社長から電話がかかり、彼がそれに出ていたときに岡田さんは抜け出して屋上から飛び降りてしまいます。これが2度目の自殺で、彼女は本当に亡くなってしまいました。
2度目の自殺の理由は「とんでもないことをしてしまった」「自殺の事実はマスコミに嗅ぎつけられ、多くの人に迷惑をかけるだろう」「もう本当に死ぬしかない」と感じたのだろうと言われていて、それは私も正しいと思います。
では1度目の自殺の理由はなんだったのでしょうか。
峰岸徹さんとの恋愛が破れたため、これは理由の一つだと思います。
しかし自殺の理由としては非常に単純すぎて、精神は参るかもしれないがそれだけで死ぬものだろうかという疑問しかありません。
彼女は死の直前に実家に里帰りしています。そして同時期(4月4日)にサンミュージック相澤社長の家から引っ越しをしており、一人暮らしを始めています。
孤独になり思い悩むことが多かったと思われます。
実家に戻ったとき、家族写真を見たそうです。そこには自分以外の家族が全員写っており、非常に寂しさを感じていたような記録があります。彼女は「芸能人になる」というある意味「わがまま」を通しました。その結果、家族との距離ができたのは仕方のないことです。
そして、歌手としては評価は十分されていたのですが、彼女が目指したようなトップアイドルとしての評価ではなかったようです。私も当時は芸能に大変興味をもっており、失礼ながら彼女は有名アイドルの一人という認識はありましたが、一時の松田聖子のような評価はされてなかったと思います。
今YouTubeなどで彼女の曲を聴くと、驚くほど上手で松田聖子にも引けを取らない素晴らしい楽曲が多いなと感じており、そして17、8でどんな難しい曲も歌いこなす技量と表現力に本当に感心しています。どうして当時気づかなかったんだろうと思っています。(私はかしぶち哲郎氏が作った彼女の楽曲が好きです)
当時は私も記憶がありますが「おニャン子クラブ」全盛の頃で、岡田有希子さんは「歌が上手なだけじゃだめだ。人気というのはそれだけでは出ないのだ」と思っていたそうです。確かにおニャン子クラブの歌唱力というのはお世辞にも高いとは言えず、評価できるのは工藤静香ぐらいのもので、あとは素人レベルのものでした。それでもCD売上はおニャン子クラブのほうが高かったのです。
彼女は歌手になるために、親から条件として課せられた当時の全国テストで上位に入るほど優秀で、努力を惜しまない人でした。しかしトップアイドルとなるためには努力だけではない要素が多分に必要だったのです。彼女には自分が選んだ業界は正しいものだったのかという葛藤があったのではないでしょうか。
死の前、福田専務から「これからのサンミュージックはお前が背負っていくのだから」と言われた岡田有希子さんは、「私より良い人がいるじゃない」と泣きながら酒井法子の名前を出したようです。生真面目で秀才型、努力を惜しまない彼女は、とびきり明るくて華がある酒井法子に自分の持っていないものを見つけたのかもしれません。
失恋、一人暮らしの孤独、自分の理想とするトップアイドルの道、様々な悩みとオーバーワークの精神不安定が重なり、突発的な行動を起こしてしまったというのがこの事件の真相ではないでしょうか。